2015 SPANNKOSMO『シンプルな宙(そら)』

赤い尾を引いて
星が死んでゆく
幾千の光放ち
静かに消えてゆく


3/28 sat 大阪LIVE BAR MOERADO
SPANNKOSMO 『シンプルな宙 prelude』

open 19:00 / start 19:30
charge 前売¥2500 / 当日 ¥3000 いずれもドリンク別

出演
スパン子 vocal, piano, accordion
熊坂義人 contrabass
輿石バッキー智弘 altsax
haruko trombone
熊谷太輔 drums
池端美紀 dance

美術 白藤垂人
衣装 園原弘美
PA idehof

予約受付
●モエラド メール受付:http://www.moerado.com/postmail/postmail.html
      電話受付:06-6315-4870

●スパン子 spannkosmo@folkevise.net

 

■MOERADO
大阪市北区西天満4-9-12 リーガル西天満ビルB1F
06-6315-4870

http://www.moerado.com/

*************
3/17 tue 高円寺ムーンストンプ

2015 SPANNKOSMO『シンプルな宙 prelude de prelude』

open 19:00 / start 19:30
charge ¥2500

出演
スパン子 vocal, piano, accordion
熊坂義人 contrabass
輿石バッキー智弘 altsax&
haruko trombone
熊谷太輔 drums

■ムーンストンプ
杉並区高円寺北2-22-6
キャニオンプラザ大須賀 B103
TEL: 03-3310-6996
http://www.bighitcompany.com/moonstomp/index.htm

about spannko

2.11 tue SPANNKOSMO 大阪 から一ヶ月
大阪の公演のとき、一ヶ月後が丁度3.11震災の日だと思ったのを覚えている。
あれから一ヶ月経ったのか。


一ヶ月経った今、大阪のSPANNKOSMOは人が熱く、それぞれが強いベクトルをもって、ひしめいていたなあというのが私の印象。初めての大阪SPANNKOSMOということで、私もだいぶ緊張して臨んでいたので、終わった直後は東京のこともあるし整理つけなかったけど、私がSPANNKOSMOをやるということの意味が、大阪の公演で強く感じられたように思う。それは 人 だ。
愛しき、大阪!!



2014.2.11 SPANNKOSMO 『私の場所・冬』@モエラド
1st
1. オオミズアオ
2. 金平糖
3. 箱の中の子ども
4. スキマト
5. 真平御免
6. 金環
7. ワレタ空

2st
1. prism
2. 呼んでる
3. 白梟と娘
語り
4. 鳥の女もうひとつのはなし
語り
5. 湖面の鳥女
6. switch
7. 膨張曲線
8. 北の国の友達へ
9. 私の場所

enc
土と布


前日よりモエラド入り
朝なんて不得意な人たちが、朝の10時から丸太運び。もっともひーひーいっていたのは舞台監督の古市氏。



スパン子の乗る演台は垂人さんが作って持って来た。








屋台の作成


演台からの風景





リハーサル開始















前日リハ終了。疲れ果てて音凪へ。







当日リハーサル




























開場



開演
























とうもありがとう!










 
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熊坂義人というひと。
熊坂義人について、こんな風に書くのは久しぶりか、初めてかも知れない。
書こうと思うとあれこれが浮かびすぎて難しいもんだ。それくらい、私にとって大事で、重要で、愛しい、人だ。

幾年か前に熊坂くんはベーシストを止めた。「器用だったから」という。器 用だったから止めるしかないというのが実に不器用だなと思う。器用だったから、なんでもない音が出せた、なんとなくいい感じのことができた、でもそんな自 分という人間から掛け離れたことを繰返すことに虚しさを感じ、止めた。たくさん仕事が来ていたし、これからに繋がりそうなこともたくさんあったが、止め た。だけどやめた彼は清々しく、眼を輝かせていた。多少生活が苦しくとも、輝かしく生きていこうではないか。そういって、彼はベーシストではなく、熊坂義人の大福という自分のバンドを組み、私はSPANNKOSMOというプロジェクトを生んだ。
どちらも根っこは同じなのである。それからお互いのプロジェクトを膨らませていったり、ぶつかったり、離れたり、色々を繰返しながら、最近はっきりと言葉にできたことがある。

「とことん人に会いたい。とことん人に会える場を作りたい。」


SPANNKOSMOへ!!


熊坂義人
 

うた、コントラバス

2009年10月頃までフリーミュージシャンとして活動。
忌野清志郎、細野晴臣、梅津和時、おおはた雄一、鈴木総一郎、ハンバートハンバート、BE THE VOICEなど共演者多数。
HONZI(vl)、スパン子(acc)と結成した「福」では2006年にノルウェー公演を成功させる。ASA-CHANG&ブルーハッツのメンバーとしてフジロックフェスティバル2007に出演。2008年10月以降はフリーな人として活動中。
2009年、熊坂義人ソロプロジェクトとして毎回解散するユニット「大福」を立ち上げる。
2010年「大福」ブルガリア公演。
2012年に初の録音作品「輝ける毎日」(アナログ盤)を発表。
10人編成のライブ録音で、好評を博している。
夏はキャンプ場の管理人。

http://folkevise.net/daifuku
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映像 Ryoojingのイラスト と ユッキィの写真 
本日、木崎湖畔Yショップに届きました。



SPANNKOSMOオリジナルラベル の信州イヅツワインです。



ラベルのデザインはRyoojing。kirie-deco のデザインもRyoojingです。



本当にこういうものをさっさとかわいく仕上げる人である。
今までCDのジャケットデザインや、フライヤー、WEB、アニメーション 思えばいろんなことをやってもらってきたなあ。
Ryoojingさんはアタマが良い。全体のバランスというものを捉えることが素早い人である。凄くカッコいいんだが、酔っぱらうと馬鹿馬鹿しいくらい馬鹿馬鹿しかったりする。そういう人間らしさがたまらない。
Ryoojingさんは自然の風景や、動物、何処かの国の人を、紙の中にすっと落とし込む。それは平面なんだが、どこかの国の香りがする。空気が見える。どこだったか知ってる筈だが思い出せない、そんなリアルと夢の間のような不思議な世界だ。
会場に雪を降らせたかった。でも本当の雪じゃない、切り絵や影絵のようなものがよい。リアルなものは必要ない、音と平面と人の想像力で、空間はうんと広がるのだ。Ryoojingさんのイラストがどんな風に入ってくるのか、私もとても楽しみだ。


Ryoojing 映像



2003よりデザインとともにアニメーション、音楽ライブでの映像制作と演出を行う。
北欧、東欧、亜細亜が混じり合い、何処でもあって、何処でもない風景を描き続ける。
http://www.atelier69.net/ryoojing/home.htm

そして、フルートのユッキィが撮った写真のスライドもあるのだ。
冬を、極寒を知っている海ノ口の人ならではのユッキィの写真が流れます。

木崎湖畔のSPANNKOSMOのチラシから、ユッキィの写真を使わせてもらってます。






海ノ口では雪ではなくて、雪の結晶が降ってくることがある。
朝方少しだけ降った雪の結晶が、今まで積もった雪の上にうっすらと降りつもっていて、それはそれは美しい。
樹氷は木の呼吸が凍ったものなんだってね。
冬の景色は本当に美しく、そしてやはり自然というのはいつだってあっという間に呑み込まれてしまう大きさを持っている。怖くなる。それ故の美しさなのだろう。

もう春の兆しがばんばんだけど、この冬の静寂の音がお届けできればと思っています。
 
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青い青い星の音 バッキー 
「3人がこの世を背負って、戦いに出ている三銃士みたいに見えた。」
大福の演奏 熊坂義人、バッキー、スパン子の3人の演奏を見てそんなことを言われたことがある。


熊坂 バッキー スパン子 の関係はそんなところがある。
熊坂は大福 バッキーはbucky-fore スパン子はSPANNKOSMO それぞれの命掛けたと言っても大袈裟でない、壮大なプロジェクトを持ってして、同じメンバーでライブをしたり、ツアーをしたり。それぞれの在り方を信頼し、そいつが戦いに出るなら何を捨てても馳せ参じるぜ的な関係である。熊坂はアタマをモヒカンにし、バッキーは頭のみならず、眉毛までそり上げ、スパン子もヤノマミさながら刈り上げて参上する。音楽しに行くとは思えない気合いの入れ方である。我らは本当にそんな運命的な3人なのかもしれない。楽曲の基本に熊坂、バッキー、スパン子の在り方がある。SPANNKOSMOもそこがあって、そこからこの人数でのアンサンブルまで膨らんでいる。仲がよいというわけではない、いつでもつるんでいたいわけでもない、だが、多くの人が信じられないであろう安定感のない生活をもってして、人間としての大事だと思う在り方を突き進んでいることは確かで、そして3人ともおどろくほどまともで、器用、逆を返せば不器用だ。


バッキーの音は計り知れない。アルトサックスという楽器で出来る限りの様々な音色というものをもはや超えている、と思う。バッキーは時に風となり、笑い声になり、すすり泣きになり、突然爆発したり、大声をあげて、火の踊りのようになったり、子どものようにはしゃいだり、様々な景色を見せてくれる。私はあんまりサックスという楽器の音色が好きでないが、バッキーのサックスは自分にとって、とっても必要だと思ってしまう。何より、この人のそこへ向かう真撃なまっすぐさが心に響きすぎて、悲しくなってしまう。悲しくて、切なすぎて、体が空っぽになって、気が付くとそこに何かが漲り始める。宇宙に浮かんでいる青い星のことを思い出す。ぽっかりとひとつ浮かんだその星は、その星に住む生き物のすべての孤独を受け止めて、ただただそこにいるのだ。私はその青い星のうたを、その青い星の音を出すバッキーの音に乗せて歌う。

金環 一曲目だ。

バッキー alt sax



1972年、東京、中野に生まれる
高校卒業と同時にsaxophoneを始め、同時に音楽活動を開始、jazzに傾倒していく
ブルックリンのウィリアムズバーグで3ヶ月の短い修行を経て帰国
ストリートを中心に活動、様々なバンド、ミュージシャンと関わるようになる
2001年より音楽家、舞踏家、美術家、ダンサー、絵描き、映像作家、詩人、等との共演が多くなり、表現形態、場所等を問わず、海外まで活動の幅を広げる。
2010〜   •ベーシスト熊坂義人のソロユニット大福に参加   •自己のband『YAMA-山-』を経て、『BUCKY-FORE』を開始
様々な自然、人、物、事、音と響宴、現在に至る

ホームページhttp://www.geocities.jp/bakkyoo3/








 
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natunatunaのイラスト。
木崎湖畔のSPANNKOSMOから、SPANNKOSMOのフライヤーに息吹をくれているのがnatunatunaだ。
彼女は私の音楽に描かされるっていうけれど、私は彼女の絵を見て、今度のSPANNKOSMOはこれだ!ってイメージをはっきりさせるのだ。すくっと立って、やる気になる。


木崎湖畔 SPANNKOSMO

natunatunaは似顔絵を描くのだが、これをみて私は初めて彼女を理解したところがある。
似顔絵を描かれる人は、初めはちょっと恥ずかしそうだったり、無理にすましてみたり、人夫々色々である。だけど、描かれていくうちに大人も子どもも、女も男も、だんだんと表情がほぐれ、書き終わって絵を見た瞬間、眼がキラキラし、たまらない笑顔になる。私も何度か描いてもらったことがあるのだが、描かれる側からすると、これでいいんだ、という気持ちと、こんな風に見えてるんだという気持ちに包まれる。それは発見でもあり、確認でもある。そういうちょっと巫女的なところがnatunatunaにはあるんだということ。



SPANNKOSMO switch on!





SPANNKOSMO『私の場所・冬』大阪 東京 

というわけで、私が毎回SPANNKOSMOやると決めて、まだ模索の段で一筋道を作ってくれるのはいつもnatunatunaであった。そんなnatunatunaが東京SPANNKOSMOでは立て看板制作や会場作りに駆けつけてくれ、なんと、BAR オッス!の売り子嬢としても活躍してくれる。そしてそして、SPANNKOSMO特別natunatunaポストカードセットを限定20部、販売してくれます。早い者勝ちです!




natunatuna も blog に書いてくれています。
http://natuna-event.jugem.jp/?eid=149
 
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いちばん変で、いちばん頼りになる 舞台監督は松本淳市
「顔に乗ったこのきゅうり。。」
「赤いきつねと緑のたぬき、あなたはどっち?」
「そのネギは!下仁田か!!」
「爆弾発言!」
「殿中でござる、殿中でござる、との、との、との!」



私が楽隊で参加した松本さんの劇の台詞より一部抜粋。
初めにもらった台本は意味の分かる劇だったが、日が経つに連れてどんどんとおかしく絡まり、最終的にさっぱりわけのわからない劇になった。その凄さったらなかった。多分一生忘れられない。

第一回SPANNKOSMOの時に舞台監督をやってもらった。私もこんな大きなライブをするのは初めてだったので全部を取り仕切るのに大変気負っていた。サウンドチェックの段で、「スパン子ちゃんは今日は他のことは一切やらなくていいから!!」と言われて初めは面食らったが、本当に演奏とライブのことに集中できた。そうか、舞台監督って、そういうことなんだと初めて理解した。全体を担う役を自ら買って、「場」を創り上げている。それからSPANNKOSMOは舞台監督を立てている。木崎湖畔は最高に頼りになるここいらのボス大島ケンイチ、大阪は開催を全面協力してくれた音凪の古市さんだ。それぞれがそれぞれの在り方で舞監を繰り広げ、それぞれらしい場が作り出された。松本さんは木崎湖畔には観客として観に来てくれた。そのとき撮ってくれた動画でダイジェスト版を作ってくれ、そののりで、大阪は撮影班として来てくれる。そして今回東京で再び、舞台監督をお願いした。
松本さんの撮る動画も写真も、ちょっと視点が変わってる。だから面白い。人が観ているところよりも、感じているところを撮る。この感性が実に面白く、実に変で、頼りがいがある。

会場に行ったら松本さんが仕切ってくれると思うとだいぶ気持ちがシンプルになる。
SPANNKOSMO『私の場所・冬』ダイジェスト映像を作るために、当日は会場を変な機械(自作)にカメラをとりつけてウロウロしているおっさんがいたら、松本さんです。
よろしく!松本さん!


松本淳市 舞台監督


演劇プロデュース spandrel/range 主宰、小劇場を主に作演出から造形美術、舞台監督まで幅広く活動し、映像にも進出中。




 
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we are 武蔵小金井地元民 倍音's 尾引浩志
今回の東京SPANNKOSMOの代表者は 尾引浩志です。
何故ならば小金井市民だからだ!

尾引氏と出会った頃、彼はまだ5人で倍音'sをやっていた。私は生まれも育ちも小金井っ子なので、地元にこのような倍音民族が居ると知って、実に嬉しかった。駅前に住む倍音族の尾引邸でリハをしてはワインを飲んで、倍音を聴いて、ゲラゲラと笑って、ふらふら家まで帰ったことが何度あっただろうか。あの頃、そういえば二人でユニットも組んでいた。名前は確か。。『アルドゥン・アルジャン』トゥバ語で金の泉って意味があるそうで、小金井は何せ、黄金の井戸がある土地。小金井に胸を張って、この名を付けたが、アルジャンナイジャンとか、ケセランパサランとか、あんまり覚えてもらえなかった。

そう、小金井が好きだった。小金井はたくさん公園がある。公園といっても遊具があるようなのでなく、でかい森や林や、桜並木のある公園だ。水が豊かなのだ。小金井市の真ん中に南北に坂があって、ムジナ坂とか、念仏坂とか、ひとつひとつ坂に名前がついている。坂の下を東西身結ぶ道をハケの道といって、そこに地下水脈が流れ込み用水が流れている。よく落書きして、ハゲの道とか、コーポハゲとか悪戯したもんだ。その流れはやがて野川に辿り着く。そこにあるのが野川公園とくじら山だ。
くじら山は私の聖地だった。くじら山のおまつりで有名な場所だけど、それを知る前から私は何かあるとくじら山に行っていた。くじら山っていっても南小学校の校庭の土を盛っただけの5秒くらいでのぼれる丘なんだけど、本当に鯨の形をしていて、遠くから見ると野原に鯨が泳いでいるみたいなんだ。その腹らへんに、柳の木が6本くらい丸く植わっていて、その中に入って私が話しかけると6本の柳がさーっと枝を揺らす。くじら山のたくさんの木と話した。木と話しているといろんなことが解決する。どうしたらいいか、教えてくれた。小金井にはたくさん家が建っていて、だけどお金もなくて貧乏な市で、でも東京の真ん中で自然だけが豊かな場所だって誇りに思っていたな。

その後、倍音族はひとり、またひとりと消息をたち、今やひとり小金井倍音族を名乗る男尾引浩志。彼の奏でる倍音は未だなお、その先へソノ先の世界へと進んでいっている。「倍音は育てていくんだ」と彼に教わったことがあるが、彼は恐らく一生倍音を育てつづける生粋の倍音族である。尾引くんのホーメイやイギルを聴くと、広ーい草原に居るような気持ちになる。でもトゥバの渇いた地よりもう少し湿った感じがする。久々に小金井のこと思い出してみたけど、尾引くんの倍音は、柳の木の枝が揺れて、その風がくじら山を渡っていくのと同じだな。小金井の水を呑んで育った私たちの知っている景色。知っている匂い、湿度。

今回尾引氏には、今私の住む木崎湖の伝説「鳥女」シリーズで語りをしてもらう。これも面白い因果だなと思う。

今は私の実家もなくなり、私にとっては心の故郷と化しているが、小金井市の息吹も感じてもらえる気がしてきた。

倍音族、お楽しみに!


尾引浩志
Xhoomei ,jew'sharp,igil



ホーメイ、口琴、イギル演奏家。トゥバ共和国に伝わる倍音唱法ホーメイと出会い1999年、倍音楽団「倍音S」を結成。現在は「倍音S(尾引浩志)」の名 で、ソロでライブ、ワークショップの活動を展開中。本場トゥバや日本でのホーメイコンテストでは、グループ・ソロ部門で数々の賞を受賞している。音楽劇 「コーカサスの白墨の輪」(2005年)、「コクーン歌舞伎」(2006年)など舞台の演奏でも活動、 2006年度にはNHK教育テレビのこれまでにない、エキセントリックな幼児向け音楽番組として話題を呼んだ「あいのて」にレギュラー出演した。
最近は「倍音muALIEN」、「あいのてさん」、「ジャンタルマンタル」など、倍音S以外のユニットへの参加、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも数多くこなしている。

※ホーメイ:南シベリアトゥバ共和国に伝わる倍音唱法で、「一人二重唱」などとも呼ばれる。
※口琴:世界中に見られる口腔内で倍音を増幅させる、手のひらに入る小さな楽器。音色はまさに“小さなシンセサイザー!”。
※イギル:トゥバ共和国に伝わる二弦の擦弦楽器。
http://www.vions.jp/




 
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ラストプレイヤー idehof
idehof =イデホフは10年ほど日本に居なかった時期がある。
タイの島でスキューバーダイビングのインストラクターをしていた。
イデイくんと話しているとたまにぽっかりと日本を知らない時期が出て来て面白い。
10年いないって、かなりなものだ。

イデイくんに海の話を聞くのが好きだ。
海の中には全部あるんよ。空も、山も、宇宙も、深海も。
イデイくんの日本に居なかったぽっかりの10年間に、海が、空が、山が、宇宙が、広がっている。
そのどこまでもつづく広大な立体空間を、イデイくんは音で作り出す。
スパンコスモがコスモであれるのは、イデイくんの音による空間作りのおかげだ。
イデイくんはPA(音響)という特殊な位置に立つ、プレイヤーである。

東京SPANNKOSMOでは、イデホフはSPANNKOSMO初、衣装を着て演奏者の円陣の中に入る
この立体空間の中に、私たち演奏者も、観客もみんなすっぽり入る。
これは味わってみないとわからないものだ。
是非とも、SPANNKOSMOへ。本当に、素晴らしいから!


idehof   PA



PA 録音エンジニア、ディレクション、ダイビング
2004年 HONZIとgorey レーベルを立ち上げる。

http://www.gorey.jp/






 
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euphnium道を行く 照喜名俊典
SPANNKOSMO 夏、大阪、東京とかかせぬ人となった照喜名さんであるが、実のところこの人が一番謎が多い。

どうやら、テキサスの山奥でkung fu 修行をしていたらしい。ということはわかっている。
ものすごい映像が悪いが、ひとつ映像が残っている。

Kung fu euphonium!
http://youtu.be/su_hgrsUfn4

久々に見たけど、笑える。。

何度か、SPANNKOSMOでもkung fu eupho やってよって言うんだけど、あれはあの時のような修行をしないとできないらしい。私の永遠の夢なのだ。


名古屋でライブをすると大抵照喜名さんの家に宿泊させてもらう。
この家がまた謎である。木造、平屋家屋。の横にある2階建ての超デッカい洋館。これが別館としてついていて、そこに宿泊させてもらう。母屋よりずっと大きい。誰が見ても母屋が別館だと思うだろう。
この家の前に住んでいた家がまたすごかったらしく、何やら不発弾がどうのこうの。。。?
とにかくよくわからない。私にはとうてい予想できない人生を歩んで来たに違いない。
苗字は照貴名 沖縄の血筋である。顔つきは沖縄顔だ。


ユーフォニウムという楽器は面白い楽器で、音質はやわらかく、音域もチューバより高い。だからか、音が重なると、目立つ音の後ろに隠れやすい。照喜名さんの音で何かが聞こえなくなることはないのだけど、照喜名さんが吹いていることで全部がボワ===ンとなることがある。「ピアノのペダル踏んだみたいな状態になるんですよ」と照喜名さんが言っていたが、私がよく思うのは自分の声にかかっているリバーブが消えたように感じることだ。「頑張ってもあんまり聞こえない音なんで、僕の声と一緒で」と照貴名氏。そんな自虐的発言さえも流され気味になりそうであるが、実際は全体を包みこみながら、聞き流せないことをばかりをしているのだ、彼の人生もプレイも。照喜名さんを発見するのはプレイバックのときに多い。こ、こんなことしてたのか!と思わず照喜名さんのつまみをあげてしまう。熊坂くんがやった大福の大録音でもそうだ。管楽器がワーワーともはや獣のように入って来ている真ん中で、照喜名さんが泊まらぬパッセージを吹き続けていた。それがめちゃくちゃかっこいい。エンジニアイデホフは照貴名氏を真ん中に持って来て、曲を仕上げていた。そう、ユーホニウムらしいことは一切しない。だけど、奇をてらっているわけではない。謎多き照喜名さんそのものなのだ。そして、そのルーツにやはり、「道」が見える。。。並々ならぬ気を感じるのだ。

いったいどんな修行をしていたんだ!!!!!

照喜名さんは私の永遠の夢であり、永遠の謎なのである。
東京でもこの謎を深めていきたいと思う。

照貴名俊典 euphonium



愛知県立芸術大学卒業後、ノーステキサス大学院にて学ぶ。2004年夏にハンガリーで行われた国際ジャズコンクールでの優勝を機に帰国、日本では数少ない 本格派ジャズユーフォニアム奏者としての活動を始める。また自己グループでの演奏活動はもとより、映画「悪魔のエレベーター」(日活2009)への楽曲の 提供を行う作曲家としての活動も注目される。月刊誌「バンドジャーナル」にて平成22年度における「ワンポイントレッスン」コーナー執筆。

http://tterukina.com/









 
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東京の太鼓 トシバウロン
熊谷くんと作った松本のSPANNKOSMOprism 大阪のSPANNKOSMOの印象がとても残っていた。おそらく演奏者みんなそうだったと思う。曲を思い出せば太ちゃんのドラムが一緒に鳴ってしまう。それくらい熊谷くんのドラムが曲を華やかにさせ、疾走させ、曲を作りだしていた。

先日東京でのリハーサル。大雪のため、私と熊坂くんは2日間長野県を出ることができず、本当はその2日間でリハーサルを重ね、ライブをして帰るつもりが、ライブ会場に開場10分前に到着という有様だった。みなの都合をお願いして引き延ばし、翌日リハーサルをして長野に帰る計画に変更。

トシくんのバウロンを聴いたのはつまり、久々のライブでだった。
バウロンの音を聴いた途端、蘇るものがあった。このなんとも素朴だけれど、魂に触れる音色だ。華やかに組み合わせていくドラムの構成と違って、バウロンはただトントコ太鼓を叩いているだけなのに、やっぱりスパン子の曲にこの音ってなんともいえない神秘性を生み出す。そしてSPANNKOSMOはやはりこのシンプルさがもともとのコンセプトだなと思い出す。
楽器ひとつ持って集まって、火を囲みながら演奏する。岩の上や、ちょっと離れた木の下、演奏者と同じ輪の中、思い思いの場所で聴く人々。楽曲を聴かせるんではない、人を聴かせるんだ。この間気付いたSPANNKOSMOの在り方が花開いていく気持ちがした。熊谷くんはとってもよかった。今度があるならば、熊谷くんにもっとシンプルなセットで出演してもらおう。

そして、トシくんと一緒に演奏していつも思うのは、なんだか愉快な気持ちになるということだ。
これはなんかしらトシくんの持つ魅力なんだと思う。でも本人はあんまりそのことをわかっていない気もする。寧ろもうちょっと格好いいところを狙っているような気さえするが、この気持ちが踊るって、太鼓奏者にとっての一番の魅力なんじゃないだろうか。
四谷homeriでのライブでは、私らの到着が遅く待ちくたびれたのか、準備体操が足りなかったのか、トシくんがswitchという曲で、まるでいきなり走ったけど走れたのは気持ちだけで、昔みたいに体が動かない幼稚園児のパパみたいな太鼓を叩きはじめた。それで動けば動くほど絡まり、そのおかしな動きでいつものように眼鏡が飛び、ブレイクで眼鏡を拾ってかけなおしたと思いきや、叩いた途端また眼鏡が後ろの壁に激突した。これを笑わずにうたえるだろうか。笑いをこらえたが無理だったよ。だけど「この曲はものすごく集中力が必要だから、笑わないで」とかいう。そんなの無理だよ。っていうか、どの曲も集中しろよって思うけど。どうかSPANNKOSMO本番では私の目の前にいないでほしい。
愛らしい人である。

次の日のリハーサルは人数も少なく、熊坂くんとトシくんが音域がぶつかることや、それによってなんとなくになっていた部分を丁寧に確認できた気がする。それで、乗りがうんとよくなった。いいじゃんいいじゃん、東京。
トシくんにはSPANNKOSMOまで走り込みするようにお願いしました。今日4kg痩せたってつぶやいていたから、いい感じなんじゃないか。
トシバウロン、いろんな意味で最高です!


 
トシバウロン toshibodhran

 
日本では数少ないバウロン専門のプレーヤー。他の楽器と波長を合わせグルーヴを作り出すことに長けているが首が曲がりメガネが弾け飛ぶほどダイナミックな動きには賛否両論がある。
2000 年冬アイルランド留学中にアイリッシュ音楽を始め各地のパブセッションで研鑽を積む。帰国後京都にてフルート奏者hataoと共にCraicを結成しCD を発表。2004年〜2007年Butter Dogsとして活動。現在は東京に居を移し、John John Festival、Harmonica Creams、NOUMANを軸に多様な活動を展開中。サポートとして2002年の「情熱大陸Music Special葉加瀬太郎LIVE」のフロントアクト出演をはじめ、葉加瀬太郎、ザッハトルテ、功刀丈弘、朝崎郁恵、ムビラトロン、鬼束ちひろのライブ、 レコーディングにも参加する。2012年にはスペイン国際ケルト音楽祭にHarmonica Creams として出演し外国人初の優勝という快挙を果たす。
アイリッシュミュージック専門イベント企画やCD販売レーベル
「TOKYO IRISH COMPANY」を主宰する。



 
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